休日の意識

休みの日は何をしていますか

 

毎週同じことをしているわけでもないから、この質問をされた時は困ってしまう。

しかも先週の休日は何をしていたのか、本当に思い出せない時だってある。

今住んでいるアパートにも、1年住んでいないと思っていたら、「2年経つので更新の手続きをする人はしろ」と手紙が届いていた。

 

仕事に関しては、同じような事を忙しなく続けているから、少し思い出せなくてもいい。(よくはないが職業上仕方がない気がする)

 

しかし休日は違う。どう過ごすかは私が決めることができる。休日の記憶をなくすという事は、盛大な損だし、相当重い罪だと思った。

 

このままではきっとこの先、アパートの手紙みたいなものが目の前に立ちはだかる。その時はいろいろ手遅れに違いない。

 

そんな焦りがうっすらと、でも確実にあったからか、今月は予定がパンパンになっていた。

 

意識をして遊んだり、休んだりする。

楽しかったかどうかだけでも覚えていたい。

あわよくば自分の自信につながるような、有意義な休日を増やしたい。

 

そうして少しずつ償って、新しいスタートへの準備をしていこうと思えた休日だった。

 

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これから

予定を済まして、少し寄り道をして、

帰ってぼーっとする。

映画やドラマ、誰かが必死に作った物語で頭を埋める

この映画を、本を選んだのは、あの人に影響されてるなとか思いながら

 

今を満足に生きられないのに、これからのことを考えたりしてしまう

 

理想とか妄想はずっとつづいていて、このままの生活もずっとつづいていて

ふと、満足に生きるなんてことが相当なわがままだと気づく。

 

憧れとか嫉妬とかがすーごい。

努力もしてないのにものすごい。ダサくて恥ずかしい

 

どうしたらいいかとか何がしたいかとかどうなりたいとか今とか将来とかが、わからない時期。

いつからか、こうゆう時は体に悪いものを体に詰め込んでしまう癖があって

見た目が気になって気になって

 

 

生理前だからかもしれない

最近わかった。こうゆうときは無になって、掃除と洗濯をするのが良い

 

夕方かと思ったらまだお昼だ

少し嬉しい

行動

行動するまでは本当に何もかもが億劫だと感じる

 

GWは人と会うことに成功した。

誰も誘ってくれないと泣き言を言っている暇があれば、自分から誘えばいいと

わかっちゃいるけど、なかなかできないでいたから良かった。

 

休みがあって、また仕事の日々に戻る。

ずっと休みだと不安になることを知っている今は、5連休なんかがちょうどいいのかもしれないと思った。

 

やっぱりもう少し長くてもいい。

 

 

しかし5日間は一瞬で終わり、

仕事帰りの各駅停車は永遠に感じる。

 

彼は、彼女は、私を忘れて生きて行くんだろうなと感じる瞬間、とても寂しくなる。

出会いは優しいし怖い。

変なウイルスのタイミングとかが邪魔して、そのまま一生会えない気がしたりしている。

 

花を飾れる部屋にしよう

身分相応に暮らさなければ

熱が出てしまった

咽頭炎だった

39度まであがり、たくさん汗をかいて少しずつ下がっていく

 

最近は人を羨ましいと思うことが多い

バカなことをして勝手な不安にかられたりしている

思っていたよりもショックだったのかもしれない。身体がそう言っている

 

こうして弱っていると、ふとした言葉に涙がでる。やめてくれ、そんなことないって思うのと、嬉しすぎる、ありがとうが入り混じる

 

どうにかしようと思えばどうにかする

どうにかした人から聞くと説得力がある

どうにかしようと思うことを早く見つけたい

 

このまま下がれば明日は出勤

 

 

 

というところまで書いて寝ていた。

熱が出たのは4月28日のこと。

次の日熱は下がったので出勤しました。

入れ替わりで生理がきたから相変わらずへろへろですが…

 

 

人に話す

もう半年も前か

チラッと友達に聞いてもらって、自分が思っていたよりもショックを受けていたことに気づいた話。


母の義理の兄弟、私の叔父が癌を患ってしまった。私は、叔父がどんな人かよく知らなかった。

お盆に実家に帰った時、母はお見舞いに行こうか迷っていると話していた。それから数週間後、叔父が亡くなったと実家の母からLINEが来た。

お葬式に行くのかと聞くと、「行かないで、香典だけおばさんに持って行ってもらう。本当は行きたいけど」と。

私は用事があるのかと思い「行けないの?」と聞いたら、「お父さんがそう言うから、しょうがない」と言われた。


?????????。

けど数秒後には、そういえば父も母もそうゆう人だったと思った。

「そう言われて、お母さんがそう思うなら、しょうがないね」と送った。


時代が違うからとかやっぱり理解できない。どんな時代で、どんな常識の中で生きていたのか、私は一生わからないと思う。

でも母の親戚のお葬式に、なぜ父の言葉が関係するのか。従う必要があるのか?…でも母はそれでいいのか…。

友達に話した時、妙に熱がこもってしまい、ああ、私はこんなにショックだったんだと思った。

友達に理解してもらえた事が本当に良かった。

 

こうゆうことは本当に沢山あるし、そんな中で18年も過ごしているから、自分も気づかないうちに古臭い常識をもっていると思う。

気付いた時にすぐ考え方を直していきたい。


誰も悪くないんだよな

いつもよりお洒落をした

最近、動物を食べることについて考えていた。はっきりといつから考えていたのかは分からないけど、思い当たるのは、実家で飼っていた猫のトマトが死んだことだった。

 

今日、マームとジプシーの「クラゲノココロ モモノパノラマ ヒダリメノヒダ」という演劇作品を観た。

 

仕事の都合で今日か明日しか観に行けず、なんとなく今日にして、今日上演されるのがこの作品だった。

藤田氏の過去作品から、「動物・人体」をテーマにした3作を1つの時間に再編集した作品。

1年ほど前に、ちょっとしたきっかけがあり、マームとジプシーが、藤田貴大さんがきになる存在になった。

だから過去の作品をほぼ知らない中、この作品に、今出会えた事が、「ちょうどいい」と思った。

 

上演前に、偶然、通話をすることになった。相手は、最近話したいと思っていた方だった。

話したかった話はしなかったが、話したい事がある事は伝える事ができた。

 

作品を観終わり、考えた。

トマトはどこへ還ったのか、モモのように最後まで生きようとしていたのか、モモとは違い死ぬために家を離れたのか。

父が育てている、実家の裏の牛小屋で生きていた牛は、いつ殺されていつ食べられていたのか。

牛肉が美味しいと感じるのに、牛が屠殺されるのは哀しいと感じること。

小学生の頃、母の職場の周りに増えすぎた野良猫。隣の地区の公園の小屋に置いてきた、グレーの縞模様の猫は、海の砂浜に置いてきた尻尾が短い猫は、私が泣きながら帰った後、どうしていたのだろうか。

隣のブランコにいつの間にか乗っていた子が、帰りの会で、私と遊んで楽しかったと言っていたこと。

隣のクラスの男子が、子猫を川に流したと笑いながら話していた事や、一度好きになった人が、猫が増えすぎで困っていると話した時の嫌な気持ち。

実家を離れて暮らし、実家に帰りたいと思う事や、幼い頃骨折し、手術した時の傷や、消えない虫刺されの痕。

賞味期限が切れたハムをゴミ袋に入れた時の事。

中学の頃、夜、1人茶の間で本を読んでいると、あぐらをかいた私の膝にトマトが乗っかってきた事。ゴロゴロ喉を鳴らしながら目を瞑り、私が部屋に行くと一緒に階段を登ってきた事。

今作っているものの意味や、作り続ける意味があるのかどうか。

 

こんなこと稚拙と思う人はいくらでもいるんだろうな。

ちょうどいいと感じていた事も、実はずっと考えていて、もしトマトが生きていてもちょうどいいと思ったかも知れない。

でもやっぱり今の私に寄り添ってくれた作品だったと思いたい。

猫と牛の違いはそんなに無いと思いたい。

しかし、私はしばらく肉を美味しいと感じながら食べるだろう。

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