3年目

今の派遣の仕事をして、今月で3年目になった。

 

前に言われた事がある。

3という数字は、何だかんだで大切になってくると。

討議の時など、言葉を発するまでに3秒考えたほうがいい。

試用期間は3ヶ月。

まずは3年続けてみる。

 

最初はよくわからなかった。

何か間違った事を言ったとしても、後から訂正したらいいと思った。

試用期間のことは特に考えた事なかったけど、

仕事を3年続けないとすぐ辞める人と思われるみたいな。人によって違うでしょと思っていた。

今はそんなこと言う人は周りに居ないけど、そんな考え方がまだちらほら見えたりする。

 

今日もまた、目の前の好きな事、楽しそうな事をする。

しかし悩み事があるとなんだか気がそれてしまう。

それを解決しようと動き出すと、解決するまで一目散に突っ走らなければならない。

 

それが終わるまでの間、好きな事のお店、楽チンな道、その場しのぎの公園みたいなものが左右に連なっていて、横目で羨ましそうに見ながら、もしくは目を逸らしながら(できるかどうかは別として)進むことになる気がする。

その瞬間しかできない事であっても、娯楽だと一括りにできない事であっても、息抜きと言って立ち寄ったところで、きっと気がそれることには変わりないと思う。

 

目の前の事は明確で、こうしたら私が満足するとわかっている。

悩み事は何もかもわからない。どうしたらどうなるのか、どうしてどうなりたいのか、そもそも解決できるのか、何もわからない。

いったい、いつ、目前の快楽や癒しを心置きなく楽しめるのか。

 

でも、ただ生きてるのは1番辛い。生きてる実感がほしいし、自分で自分を認めてみたい。

 

現状に文句をつけているうちは何をやっても駄目だと思う。言い訳もそう。今の私はまさにそれ。

 

気がそれてしまうけど、それでも目の前の本を読む事に時間を使うし、好きな配信を見るし、給料に文句を言うし、たくさん寝る。焦りながら…。

 

こうしてまたカフェで読書をして…1年前とおんなじ事をしている。

 

みんなどうやって生き方を決めていますか。

 

暑さに

よくないと分かっているのに辞められないことが沢山ある。

二度寝したり、ニキビを潰したり、コンビニでご飯を買ったり…

その時は良いけど、後から後悔する。

 

そうゆう積み重ねが自分を作っていると思うとゾッとする時がある。

紛らわそうと別なことを始めても、結局そこに戻ってくる。

何もかもが中途半端なのだ。

 

ふと思い出す人がいて、尊敬できる人だったりする。

それは二度寝した後だったりする。

あの人は、私と同じ年の時、こんな自堕落な生活は送っていなかったのだろうと思う。

だから今、カッコいい、尊敬できる人になっているのだろうと。

 

毎日毎日暑くてイライラする。

汗が気持ち悪い。職場に着くまでに髪の毛がうねうねになる。

お風呂上がり、すぐ乾かしてサラサラになった髪の毛は、誰にも見てもらえないのだ。

 

やけになって、またよくない事をして、後から後悔して、、、

 

暑さのせいにしていいだろうか

虫が良すぎるだろうか

休日の意識

休みの日は何をしていますか

 

毎週同じことをしているわけでもないから、この質問をされた時は困ってしまう。

しかも先週の休日は何をしていたのか、本当に思い出せない時だってある。

今住んでいるアパートにも、1年住んでいないと思っていたら、「2年経つので更新の手続きをする人はしろ」と手紙が届いていた。

 

仕事に関しては、同じような事を忙しなく続けているから、少し思い出せなくてもいい。(よくはないが職業上仕方がない気がする)

 

しかし休日は違う。どう過ごすかは私が決めることができる。休日の記憶をなくすという事は、盛大な損だし、相当重い罪だと思った。

 

このままではきっとこの先、アパートの手紙みたいなものが目の前に立ちはだかる。その時はいろいろ手遅れに違いない。

 

そんな焦りがうっすらと、でも確実にあったからか、今月は予定がパンパンになっていた。

 

意識をして遊んだり、休んだりする。

楽しかったかどうかだけでも覚えていたい。

あわよくば自分の自信につながるような、有意義な休日を増やしたい。

 

そうして少しずつ償って、新しいスタートへの準備をしていこうと思えた休日だった。

 

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これから

予定を済まして、少し寄り道をして、

帰ってぼーっとする。

映画やドラマ、誰かが必死に作った物語で頭を埋める

この映画を、本を選んだのは、あの人に影響されてるなとか思いながら

 

今を満足に生きられないのに、これからのことを考えたりしてしまう

 

理想とか妄想はずっとつづいていて、このままの生活もずっとつづいていて

ふと、満足に生きるなんてことが相当なわがままだと気づく。

 

憧れとか嫉妬とかがすーごい。

努力もしてないのにものすごい。ダサくて恥ずかしい

 

どうしたらいいかとか何がしたいかとかどうなりたいとか今とか将来とかが、わからない時期。

いつからか、こうゆう時は体に悪いものを体に詰め込んでしまう癖があって

見た目が気になって気になって

 

 

生理前だからかもしれない

最近わかった。こうゆうときは無になって、掃除と洗濯をするのが良い

 

夕方かと思ったらまだお昼だ

少し嬉しい

行動

行動するまでは本当に何もかもが億劫だと感じる

 

GWは人と会うことに成功した。

誰も誘ってくれないと泣き言を言っている暇があれば、自分から誘えばいいと

わかっちゃいるけど、なかなかできないでいたから良かった。

 

休みがあって、また仕事の日々に戻る。

ずっと休みだと不安になることを知っている今は、5連休なんかがちょうどいいのかもしれないと思った。

 

やっぱりもう少し長くてもいい。

 

 

しかし5日間は一瞬で終わり、

仕事帰りの各駅停車は永遠に感じる。

 

彼は、彼女は、私を忘れて生きて行くんだろうなと感じる瞬間、とても寂しくなる。

出会いは優しいし怖い。

変なウイルスのタイミングとかが邪魔して、そのまま一生会えない気がしたりしている。

 

花を飾れる部屋にしよう

身分相応に暮らさなければ

熱が出てしまった

咽頭炎だった

39度まであがり、たくさん汗をかいて少しずつ下がっていく

 

最近は人を羨ましいと思うことが多い

バカなことをして勝手な不安にかられたりしている

思っていたよりもショックだったのかもしれない。身体がそう言っている

 

こうして弱っていると、ふとした言葉に涙がでる。やめてくれ、そんなことないって思うのと、嬉しすぎる、ありがとうが入り混じる

 

どうにかしようと思えばどうにかする

どうにかした人から聞くと説得力がある

どうにかしようと思うことを早く見つけたい

 

このまま下がれば明日は出勤

 

 

 

というところまで書いて寝ていた。

熱が出たのは4月28日のこと。

次の日熱は下がったので出勤しました。

入れ替わりで生理がきたから相変わらずへろへろですが…

 

 

人に話す

もう半年も前か

チラッと友達に聞いてもらって、自分が思っていたよりもショックを受けていたことに気づいた話。


母の義理の兄弟、私の叔父が癌を患ってしまった。私は、叔父がどんな人かよく知らなかった。

お盆に実家に帰った時、母はお見舞いに行こうか迷っていると話していた。それから数週間後、叔父が亡くなったと実家の母からLINEが来た。

お葬式に行くのかと聞くと、「行かないで、香典だけおばさんに持って行ってもらう。本当は行きたいけど」と。

私は用事があるのかと思い「行けないの?」と聞いたら、「お父さんがそう言うから、しょうがない」と言われた。


?????????。

けど数秒後には、そういえば父も母もそうゆう人だったと思った。

「そう言われて、お母さんがそう思うなら、しょうがないね」と送った。


時代が違うからとかやっぱり理解できない。どんな時代で、どんな常識の中で生きていたのか、私は一生わからないと思う。

でも母の親戚のお葬式に、なぜ父の言葉が関係するのか。従う必要があるのか?…でも母はそれでいいのか…。

友達に話した時、妙に熱がこもってしまい、ああ、私はこんなにショックだったんだと思った。

友達に理解してもらえた事が本当に良かった。

 

こうゆうことは本当に沢山あるし、そんな中で18年も過ごしているから、自分も気づかないうちに古臭い常識をもっていると思う。

気付いた時にすぐ考え方を直していきたい。


誰も悪くないんだよな