■
漫画のストーリーがどうであれ
感情は入っていく
今の私も同じなのではと錯覚してしまう。
前にもこんな感じで、漫画をひたすら読んでいた時間があったよな。
今の状況がなによりも怖くて、何を喋るのか全部が嫌になってしまっている。
ただ留まって何も言われないことに何も言わずに。
でも楽しくて、でも近くで気配を感じたくて、
時々気配も忘れて。ふと気づいて安心していた。
あの人みたいになりたい。あんな人みたいになんかなりたくない。「誰といる自分が好きか」なんて話が出てくるような生活をしていない。
早く遠ざかりたいと思った。自分からそうするには、もっと大きな動きが必要だと思った。
私の手で集めたものを私の中に入れたい
私が好きで私自身で行動して手に入れたものを
私の頭の中にいれなくては
■
冷静になって考える機会は、ふいにやってくる。
心構えなどなく、あれ?と思った頃には、
頭の中では答えをだしている。
尊敬や愛着の他に、何が向けられているのだろう。
それだけだったことに気づけたのだろうか。
それとも嫌悪や嫉妬が追いついただけなのだろうか。
公共の電波で号泣する人を連想し、
代わりはあの人と思い込んで
勝手にそわそわしている。
ただ共感したい
ただ共有したい
それ以外があるのだろうか。
無理矢理冷静に考えても
ふと冷静になっても
答えは同じだ。
■
朝ごはん何食べてるの?
ご飯の時もあるしパンの時もあるし、うどんとか焼きそばの日もあるし…あ、あとお父さんとかのお弁当の残り!
わかるわかる!うちも!卵焼きのはじっことか
冷凍食品の最後の一個とかね
今日の夜納豆ご飯食べたい
なんで?
だって給食でだい君が美味しそうに食べてたから
あはは確かに
ココアに砂糖入れるよね?
うん、入れる入れる。ココアって苦くはないけど、甘くも無いんだよね
そう!苦くはないけど甘く無い!
腕あたって あごめん、
全然、俺の筋肉にそんなのダメージゼロ
え、うわ、ほんとだ、かった
太るんかな
おっさんなったらみんな太るだろ
おれ太れなそう
いや、想像できるよ、お前腹だけでてて、足は細いまんまなんだよ
この辺で仕事帰りにうまいラーメン食って帰りたいんですけど
わかりますわかります!
店はたくさんあるんですけどね
そうそう、美味そうなところなかなかないっすよね
あれ、お弁当バッグ?
それ去年も同じ感想いただきましたけど笑
あはは、これポーチ?あと何入ってるんですか?
ポーチでしょ、財布ケータイ、歯ブラシせっと、ハンカチ、これ化粧ケースべつなのと、こっちはイヤホンとか入ってる
意外といっぱい入る笑
■
1人で楽しい時間を過ごしていた。
トーク画面でなんでもないような会話をしていたら、ふと嫌な気持ちにさせられた。
相手にとってはどうでもいい事で、ちょっとかまって欲しい出来事だったことは、すぐにわかった。
でも私はそれが、心の底から嫌だった。
もうやめて欲しいと言ったけど、全然伝わらない。
私がどう思ってるかを伝えると、話を逸らされた。
冷静に考えると当たり前なのかもしれない。
何故そこでそんなに機嫌を損ねるのか、相手には、それこそ心の底からわからないのだ。
でもそれ以上に私が嫌な気分になったのは事実で、いつまでもヘラヘラフラフラしていられると、気がおかしくなりそうだった。
自分がされたら嫌な事は人にはしないとよく聞くが、自分がされて平気でも相手にとっては嫌な事だって沢山ある。
何も知らないところで何も知らない人に言われるのはどうだっていい。
わかってもらいたい人からのその態度は、苛立ちと怒りと哀しみともどかしさで、我儘を煮詰めたベトベトな焦げ茶色で、手指の関節のむず痒さだった。
全て涙として溢れてきて、喉を詰まらせる筋肉の動きになって、必死に呼吸をして、おやすみと言った。
モニターから離れなければ。もっと空を見たほうがいい。もっと1人でいたほうがいいと思った。
■
うとうとしている
用事を終えて、散財して、安カフェの奥の席で落ち着いている。
温かい飲み物を最近飲んだっけ?
そういえば今月のお昼ご飯はカップ麺と社員食堂のサラダというメニューが続いていて
温かいものは毎日食べている。
この少し肌寒い中の温かいコーヒーだからおちつくのだろう。
ねむい
ねむい時、目を瞑ると肩のあたりから足の先までがじわぁ〜っとなる。
大変心地よいが、目を瞑るだけでこうなるときは、心身ともにひどく疲れているときだ。
「死は考えないものとして」
ひっかかってしまった。
たまに思う、今死んじゃったらと。
誰も帰ってこない自分の部屋を想像して、死んだ私の部屋はどう見られるだろう。
誰も知らない私の暮らしを、懐かしむも無く、どうおもうだろう。
私しか知らない空間と記憶と時間は、ただそこにあっただけになって、私が暮らしていた部屋、とだけになって。
きっと全部わかってしまう。ガサツで大雑把なことや、あらゆる面で貧乏だったことが。
そう思われる自分は、死んでいたらなんとも思わなくて済むのだろうか。
思い出すのは、「てんとてんを、むすぶせん。からなる、立体。そのなかに、つまっている、いくつもの。ことなった、世界。および、ひかりについて。」
心を酷く乱された出来事や事件を見聞きしたとき、あるいは目撃したとき、または体験したとき、それをどう受け止めていたのか。
たまに思い出すその時の感情は、「たまに思い出す」でいいのだろうか。
同じことを経験して、それをどう感じているかは他の人からは見えない。
もう会えないことは、どうしようもない。
こんなにどうしようもないことが現実に起きていて、もう会えない、触れない、声を聞けないことが、本当にあって、その時の私は私が生きていることが、変に思うんだよ。
私が死んだら親は可哀想。でも可哀想と思う私はどこにも居ないし、みんなだって、たまに思い出す程度になるんじゃないかなぁ。
トマトに会いたいな。
もう一生叶わないのにそう思って生きてて、
それってどうなんだろうな。
もうコーヒーは冷めて、外も暗くなってきた。
■
ギズモが死んじゃった
事務所の猫のギズモ。
私の実家のすぐ近くに、母の仕事場がある。
二階建ての青い屋根の事務所。
Mさんと母との2人で仕事をしている。
半分は作業場で、工具や昔使っていたペンキとか木材とかいろいろ置いてある。
生まれた時から事務所はそこにあった。
気づいた時には事務所にはたくさんの猫がいた。
いつから事務所の中で猫を飼っていたのかよくわからない。中と外を自由に行き来させていた時期もあったような気がする。
Mさんの家の近くでいじめられていた猫をつれてきたりもしていた。
思い出すと、たくさんの猫に会って、入れ替わりでどこかに行ってしまったり、死んでしまったり。
ギズモが事務所の中で飼われることになったのは、私が小学校4年か5年くらいだったと思う。
ご飯をもらいにきていた野良猫の赤ちゃんだった。
仔猫が生まれていることは知っていて、冬で、雪の中、親猫と一緒にご飯を食べにきていたところを見た記憶がある。
いつの間にか、ギズモは事務所の中にいた。どの子を中で飼ってどの子を野良のままにしているのかはよくわからない。
小学生の私は深く考えず、遊べる猫と遊んでいた。
家にも猫がいて、トマトって名前の白猫で、家に帰るとトマトがいる。猫が大好きで、トマトが大好きで、事務所に行かない日も沢山あった。
たまに行って可愛い可愛いと言っているだけだったけど、それはそれでかけがえのない時間と経験だった。
でも、ギズが大人になるまでの間の記憶があまりない。正直、一緒に暮らしてるトマトが大切だったからだと思う。
そして私は高校を卒業したら、実家を出る。
大切なトマトにさえも年に2、3回しか会わなくなる。
家にいたらトマトがいるけど、ギズ達は事務所にいるから会いに行く時間はすごく少ない。
たまに会いに行って可愛がると、凄く喜んでくれてたように思う。喉を鳴らして、尻尾を立ててくれて、手をグーパーしてくれてた。
でも、私はすぐに居なくなる。すぐどこかに行く。
それは、会いに行かないことよりも残酷だったりしなかっただろうか。
より寂しい思いをさせていなかっただろうか。
ギズが甘え上手で寂しがりで、誰にでも喉を鳴らして膝に乗っていたのなら、そうでもないかもしれないけど。自信過剰なだけかもしれない。
それならその方がいいと思うけど、やっぱりそんなの人間である限りわからない。
ずっと小学生だったら、よくわからないまま、会える時にただ可愛がっていても良かったかもしれない。
でも、短大を卒業して成人しても、私は。
実家に帰りたくないとしても、地元の他の土地で暮らして、もっと猫達に会いに来る生活を、考えられなかった。
今から戻っても、だったらトマトが死ぬ前に帰ってきていればよかったと思うだろう。
実家は出ても、地元は出なければよかった。
トマトが死んでからそう後悔していて、
ギズモが死んではっきりとそれが刻まれた。
ギズは優しくて、寂しがり屋で甘えたなのに、年下の甘え上手が居るから、その子より少し後ろで自分の番を待つような、控えめで気遣いだった。
いいお姉さんだった。
キョトンとした目とのったりした体が可愛くて可愛くて。高い声が愛おしくて。
トマトが死んでから、帰るといつもお線香をあげて泣いている私との時間を、一緒に過ごしてくれた。
最後は辛そうで、それが嫌だった。
でも私は毎日一緒にいた母達とも、すぐ近くに住んでいた兄弟とも違って、何もしてこなかった。
どうしてもっと早く病院に。せめて痛みだけでも軽くしてもらってよと、心では思ってしまった。
でも私にそれを言う資格はない。
ただただ、ギズと過ごした時間を大切に想って、少しだったとしても幸せな時間が増えていたらいいなと、祈るしかできない。
■
そう言えばここで何かを書くきっかけは
マームとジプシーだった。
10周年ツアーでいくつか演目があった中の一つに行って、なぜか考えたことをここに書いていた。
知ったのも今から5年前ほどで、よく知っているわけでも追いかけているわけでもない。
今日で5度目の鑑賞になった。
初めて鑑賞したのが5年前、書を捨てよ町へ出よう
そもそも演劇を自ら観に行ったのが初めてだったような気がする。
卒業して上京して就職して退職してまた就職しての1年。その締めくくりのクリスマスイブだった。
若いという事実が、言葉と時間が光っていた。この年が終わる時、やっと地獄の1年が終わったと思ったのを思い出した。
1年なんていってもどこが区切りなんて誰にも分からなくて、全部続いてるのに、そんなことを思った。
取り戻してもそこからまたどんどん無くなっていく。取り戻したつもりだったのかもしれない。
すぐ後の春、新しくなった新宿で、カタチノチガウを観る。
少しマシになったとはいえカツカツの生活の延長線上で、自分の居場所を考えさせられた。
そして3年前、クラゲノココロ モモノパノラマ ヒダリメノヒダを観て実家の猫や牛を想ってここに文字を綴った。
トマトが死ぬ前に私が1度死んだからいけなかったのか。変わらなければ。戻っていたら。と心がグラグラした。
BOATを観たのはもう2年前…衣装に惹かれて観に行くことを決めた記憶がある。
それぞれの立場の感情は、どれも知らなかったのに全部共感して、場所も、見えるものも、
知らないし、でもそこにいる気がした。
BOATがやっている頃、たまたま塩田千春さんの作品のモチーフもボートだった。地元で作品と同じ空間の中に入って、様々な想いを巡らせることになった。
何を書こうとしたのかというと、今日、マームとジプシーの公演があったこと、観たこと、思ったこと。
それは、今、地元で1匹の猫が死にそうな事とも繋がるし、昨日の人肌も関係するし、その前に観た映画の感想とも関わるし、その前の………ぜんぶ、私の、みんなの、同じような人間の全部を考えさせられてしまったこと。
だって全部そうゆうことじゃん。
「てんとてんを、むすぶせん。からなる、立体。そのなかに、つまっている、いくつもの。ことなった、世界。および、ひかりについて。」
今日は書けなかった…